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アートに生きる - TORIHADA取締役のブログ

『核兵器 禁止から廃絶へ』を読んで

最近やっていること

僕は毎年読書目標を立てている。

前職を辞めて起業する時、大企業の名刺を使わずに仕事をするためには自分自身が魅力的になる必要があると痛感した。

それまではあまり読書しない僕だったけど、それからは20冊→30冊と年間で読む数を増やし、今年は50冊読むことを目標にしている。(それでも少なくて恥ずかしいけど汗)

最近は、その読んだ本をStoriesで紹介し、いい文章や参考になると思った部分を抜粋している。

  • 自分の備忘になる
  • 社員にも読書の意識を高めてもらいたい
  • これからTORIHADAに転職を検討する方に向けて、こんなことを勉強している経営者がいると知ってもらった方が前向きになってもらえるんじゃないか

と考えて始めた。

僕のレビューや意見や感想ではなく、文章をそのまま載せることを重視している。

そして、それが思った以上に反響が良く、「見ているよ!」「ためになる!」と連絡をもらえることが増えてきた。(とはいっても数人だけどw)

今回は、ボリュームが多かったので、ブログでまとめて発信してみる。

当然抜粋なので配慮するとはいえ誤解等を生む可能性はあるので、興味を持たれた方には購入をおすすめします。

核兵器 禁止から廃絶へ』を読んで

岩波ブックレットはどれもサクッと読めるし平和を考える契機になる

手に取った経緯

昨年から今年にかけて、いくつかの戦争関連施設を見に行った。

知覧特攻平和会館、広島原爆ドーム原爆資料館大和ミュージアム長崎平和公園など。

creeve.hatenablog.com

それは、死と隣合わせの究極的な状況を生き抜いた人々を知ることで、平和ボケをして努力できない自分に喝を入れようと思ったからだった。

その効果は十分得られたと感じているものの、それ以上に、痛ましく残虐な戦争の歴史と核兵器の驚異を知り、"平和な世界に貢献できる人になりたい"と思うようになった。

それから、先日書店で本書を手にとって、読んだ。

内容(いつも通りここからは僕の言葉や気持ちは一切入れず、抜粋のみ)

第一章 なぜ核兵器が問題なのか

八月六日に広島に投下された原子爆弾で当時の広島市の人口約35万のうち14万人が、八月九日に長崎に投下された原爆で長崎市の人口約27万人のうち7万4000人が、同年末までに死亡した。

今日、世界の核兵器は約1万3000発であり、九割以上はアメリカとロシアのものである。その威力は広島や長崎の原爆の数十倍から百倍以上にもなる。

世界にある核兵器のうち約3800発が実践用に配備されており、その約半数が短時間で発射できる態勢をとっている。米プリンストン大学のグループらは2019年、アメリカとロシアの核兵器の配備態勢や作戦計画を分析し、ヨーロッパで一発の核兵器が使われると、それが引き金となって核戦争となり、最初の数時間で9000万人以上が死傷するというシミュレーションを発表した。

また、核戦争防止国際医師会議IPPNW)など科学者グループは、

(中略)

核爆発による大規模火災の煤煙が大気圏を覆い、それが世界的な食料の不作と「核の飢饉」を起こし、20億人もが飢餓に瀕するというのだ。

第二章 核兵器が禁止されるまで

これまで核兵器はさまざまな形で規制されてきた

(中略)

地域的な取り決めとしては、世界に五つの非核兵器地帯条約がある。今日、南半球の大半は非核地帯となっており、核兵器を持つ国(アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国・インド・パキスタンイスラエル北朝鮮)はすべて北半球にある。

1970年に発効した核不拡散条約(NPT)は、核兵器に関する多国籍条約としてはもっとも多くの国が参加しており、世界の核の秩序の基礎となってきた。(中略)

NPTは、条約ができた時点で核兵器保有していた国を「核兵器国」と定め、それ以外の国の手に核兵器が広がることを防ごうと定めたのである。

(中略)

NPTは、核兵器国に甘く非核兵器国に厳しい。

NPT再検討会議(中略)

かつてのモデル核兵器禁止条約は、核兵器の廃棄や検証そのための国際機関まで詳細に定めるものだったが、この頃には、核兵器をまず禁止することに重点を置き廃棄や検証については追って定めるという「禁止先行」型の条約を作るという考え方が主流になってきた。

第三章 核兵器禁止条約

2016年の国連作業部会の勧告を経て、同年末の国連総会決議で核兵器禁止条約を交渉する国連会議を開催することが決定された。

(中略)

議場の外ではアメリカの国連大使が、核兵器禁止の交渉に反対する記者会見を開いていた。核兵器の禁止は「現実的」ではなく、国家の安全保障には核兵器が必要だというのだ。

日本政府もまた、核保有国と同様に、条約交渉をボイコットした。交渉会議初日に軍縮大使が出席し「日本は交渉に参加しない」と発言して、以後体積したのである。

(中略)

2017年7月7日核兵器禁止条約は賛成122カ国、反対一カ国、棄権一カ国で採択された。核兵器国が各国に対し、条約交渉に参加したり賛成票を投じたりしないよう強い圧力をかけていたにもかかわらず、国連加盟国の3分の2近い122カ国が賛成投票した。

条約の推進力となったのは、核兵器の非人道性に対する認識であり、それを広めたのは核の被害者やNGOなど市民社会のちからであった。この条約の採択を受けて、2017年のノーベル平和賞ICAN核兵器廃絶国際キャンペーン)に贈られた。

核兵器国はこの条約に反発し、次のように主張しているーー核兵器禁止条約は、現実の国際安全保障を考慮していない。そしてNPT体制を傷つけ、国際社会を分断するものだ。核兵器国としてはこの条約を指示しないし、この条約には縛られないーー。

第四章 日本はなぜ反対しているのか

核兵器禁止条約に反対する日本

(中略)

日本政府がこの条約に反対しているもっとも本質的な理由は、日本の安全保障にアメリカの核兵器が必要不可欠だと考えているということである。政府は、この条約に参加すれば、アメリカによる核抑止力の「正当性を損なう」と国会で答弁している。たしかにこの条約は、核兵器の正当性を失わせるために作られたものである。ところが唯一の戦争被爆国の政府がこの条約を歓迎するどころか、むしろ核兵器の「正当性」を声高に叫んでいるというのは皮肉な現実である。

日本側が(核の)先制不使用に難色を示しているのは明らかだった。エバンズ議長は「日本は核兵器が大好きじゃないか」と、NGOによる会見でいらだちを述べた。

2021年にバイデン大統領が就任するとアメリカ政府は各制作の見直しに着手し、核兵器の役割を減らす方向を打ち出した。これを受けウィリアム・ペリー元国防長官など米元高官らは連盟で日本の政治指導者に対して「アメリカが先制不使用政策をとることに反対しないよう」求める書簡を送った。日本は、アメリカの核軍縮の足を引っ張る存在とみられているのだ。

日本の世論は、圧倒的に核兵器禁止条約を支持している。2021年7月の世論調査では、71%が日本は核兵器禁止条約に「参加すべき」と回答し、その理由について62%が「日本は唯一の戦争被爆国だから」としている(日本世論調査会)。これに対して国会議員で核兵器禁止条約への賛同を表明しているのは、全体の三割にすぎない(2021年10月「議員ウォッチ」)。では残りの七割の議員が核兵器禁止条約に反対しているのかというと、態度保留または未回答なのである。国会議員がこの問題に真剣に向き合っていないのだ。

核兵器を、非人道的でいかなる場合も許容できない兵器であると全面禁止したこの条約に、唯一の戦争被爆国日本が背を向けていることが許されるでしょうか。日本がこの条約に加われば、それは世界全体の大きな波及効果をもたらし、核保有国さえ動かします。広島選出の総理大臣がその決断をせずに、いったい他に誰がそれをするのでしょうか。」(被爆者のサーロー節子さんが岸田首相に送った手紙)

第五章 それでも条約は世界を変える

ICANの調査では、2020年に九つの核保有国が核兵器に費やした費用は726億ドル(約8兆円)に上る。

一方、核兵器国際法で違法化されたことで、そのような兵器を製造する起業には投資をしないという銀行・金融機関が増えている。

(中略)

核兵器に資金を提供することは、核兵器禁止条約が禁止する「援助」行為に当たるとの解釈もできる。

2019年11月、長崎と広島を訪問したローマ教皇フランシスコは、核兵器の使用や保有は「倫理に反する」と断じ、人々が貧困に苦しむなか進められる軍備競争を「天に対するテロ行為」と非難した。

保有国は核兵器禁止条約を「実効性がない」と批判して、署名・批准するなと他国に圧力をかけてきた。本当に「実効性がない」のなら放っておけばよいはずで、核保有国は、禁止条約に加わる国が増えるほど自分たちの正当性が失われていくことを理解しているのだ。これこそ、この条約に実効性があることの証である。

第六章 核抑止力という神話

核抑止論について、その道徳性、実効性、伝染性、さらには結果責任という四つの側面から検証してみたい。

(道徳性)

たとえば、北朝鮮アメリカの核で抑止するというときに、それは、日本が平壌核兵器を撃ち込み300万人の住民を殺傷するようアメリカに依頼することを含意している。私たちは本当にそのような形で、核兵器使用の共犯者になることを望んでいるのか。

(実効性)

歴史化の研究によれば、日本の軍部が降伏に向かったのはソ連が八月八日に宣戦布告し侵攻を開始したことを受けてであり、それは八月九日に長崎に原爆が落とされる前だった。つまり、広島・長崎への原爆投下はいずれも日本が降伏する決定的な要因にならなかった。「原爆投下は戦争を止めるためにやむを得なかった」という(中略)議論は事実誤認であるばかりか、原爆の非人道性をも覆い隠す効果を持ってしまっている。

2001年の9・11同時多発テロのとき、アメリカは一万発以上の核を持っていたが、実行犯はお構いなしに貿易センタービルに突っ込んだ。自爆を恐れぬ者に対して、核兵器は何ら抑止力にならない。

さまざまな軍事オプションの中で、核兵器という極端な手段が必要な場面がどれだけあるだろうか。2003年のイラク戦争で、米英軍は通常戦力により三週間足らずでフセイン政権を打倒した。今日、北朝鮮を抑止するには通常戦力で十分であると多くの軍事専門家が指摘している。

核兵器に関わる事故は頻発しており、アメリカ政府の研究所の報告によれば1950年代から60年代にかけて合計で1200発を超える核兵器に関わる事故が起きている。沖縄でも1959年に核ミサイルが誤発射される事故が起きている。

「私たちが核戦争を回避してこられたのは、分別ある指導力に導かれたからではなく、これまで運がよかったからです」。2017年のICANノーベル平和賞授賞式で、ベアトリス・フィン事務局長はこのように指摘し「私たちが行動しなければ、遅かれ早かれ、この運は尽きます」と警告した。

(伝染性)

ある国が核抑止力の正当性を主張すれば他の国も同じことを主張し、それは伝染病のように広がり、世界は核兵器だらけになる。自衛のための銃が認められたアメリカは、銃だらけの社会となった。頻発する乱射事件に触れるまでもなく、銃だらけの国と銃が禁止された国のどちらかが安全かは明白である。

国連の下で国際機関や検証能力を強化していくことが必要だが、それは、核の脅し合いでバランスをとり続けようとすることよりも、よほど理性的で持続可能な安全保障モデルである。

結果責任

最終的に核抑止が破れて核戦争となったとき、それがもたらす結末に対して誰が責任をとるのか。2011年3月に福島で原発事故が起きたときに、原発事業者たちは「想定外」といって責任逃れをした。

仮に政府が、一足飛びには核兵器への依存を全廃できないというのであれば、即時発射体制の緩和や、先制不使用などのリスク低減措置から始めるのでもかまわない。

「ひとたび核戦争が起きれば、回復は不可能です。予防こそが、唯一の選択肢なのです。」(NATOおよび日本と勧告の計22カ国56人の下首脳・外相・防衛省らが2020年9月に発表した書簡より)

第七章 核兵器はなくせる

ニュージーランドは、太平洋での核実験に反対する国民世論を背景に、1980年代に各搭載艦船の寄港を拒否する非核政策を確立した。それでも今日までアメリカとの安保協力は続けており、たとえば、アフガニスタンに部隊を派遣している。つまり「非核の安保協力」である。日本もアメリカとの間で「核抜きの安保」を追求することはできるはずだ。

日本が核兵器禁止条約に加われば、世界的な波及効果をもつ。それを実現するためには、私たちはさまざまな課題に取り組む必要がある。

第一に、被爆国としての大きな世論を形成することである。専門家だけの議論や与野党対立のような狭い枠組みの中に留まっていてはならない。第二に、各依存に代替する安全保障政策を形成することである。世界で120近い国々がすでに非核地帯条約に加わって、「核によらない安全保障」を実践していることを学ぶべきだ。第三に、人々が「願う」だけではなく「行動する」ことである。家族や友人と話す、SNSで話題にする、署名をする、地元の議員や候補者に質問する、銀行に投資方針を尋ねるといったことである。そして第四に、戦争の惨禍を常に心に留め、軽々しく戦争を肯定するような風潮を容認しないことである。近隣諸国民を侮蔑したり、深い思慮なく「核武装」を叫んだりする行為が世代を問わず少しずつ広がっているのは、危険な兆候である。

歴史を振り返れば、かつて奴隷制度が存在し、また女性に参政権が認められていなかったように、今日では考えられないような状態が当たり前とされていた。これらはおかしいと勇敢に声を上げた人々の声が広がり、それが新たな規範を作り、社会を変えてきた。

新型コロナウイルスで人々の命が奪われるなか、核兵器がいったいどのように私たちの「安全を保証」しただろうか。各国が核軍拡競争に費やしている費用を保険や社会保障に回せば、どれだけの命が救われるだろうか。核兵器は政治的妥当性も経済的合理性も社会的支持も失っている。政治的変化には時間がかかるとしても、環境やエネルギー分野のように、経済が先に社会を変えていくこともある。

新しい価値が台頭するとき、古い価値の下で利益を得ていた人たちは「非現実的だ」といって怒ったり凄んだりする。核兵器廃絶は「非現実的だ」と叫ぶ声が聞かれるが、核兵器の終わりは、すでに始まっているのだ。

(中略)

核兵器の物語には、終わりがあります。どのような終わりを迎えるかは、私たち次第です。核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか。そのどちらかが起こります」(ICANのベアトリス・フィン事務局長がノーベル平和賞授賞式で語った一節)

以上、『核兵器 禁止から廃絶へ』より

ちなみに

2022年の今年、初めての核兵器禁止条約締約国会議が行われた。

初めての締約国会議には、条約を批准した国に加え、条約に参加していないNATO北大西洋条約機構の複数の加盟国もオブザーバーとして出席し、3日間にわたって合わせて80か国以上が議論を行った。

日本からは広島松井市長と長崎の田上市長らが参加するも、国としてはオブザーバー参加しなかった。

※以下記事を参照

www3.nhk.or.jp