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アートに生きる - TORIHADA取締役のブログ

クリエイターエコノミー・個人経済圏を因数分解する

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クリエイターエコノミーという言葉

クリエイターエコノミーがバズワードになっています。

きっかけは、個人の多様な生き方の尊重、流動的な労働力の必要性等から、フリーランスの働き方が再評価されたり、SNS等の個人を支えるインフラが整ってきたことだと考えています。

そして昨年2021年はClubhouseSubstackが世界的にヒットし、Twitterもマネタイズ機能を実装したり、TikTokライブ配信などができるようになったことで、それを更に加速させた一年でもありました。

でも、個人的には少し違和感を持っています。

「クリエイターってなんだろう?」

クリエイターで検索すると、

クリエイターとは、クリエイティブ業界で活躍する職種の総称です。 プロデューサーのほか、ディレクター、演出家、プランナー、デザイナー、アニメーター、プログラマなどの職種が代表的です。

クリエイター | 職種紹介 | 就職 | 日本電子専門学校

クリエイター - Wikipedia

だそうです。

つまり一般的な解釈は、ものづくりしている人もしくは、クリエイティブ業界の職種。

ただ、雰囲気的には、YoutuberやTikTokクリエイターのような発信者や、新しいライフスタイルのエヴァンジェリストもクリエイターとして扱われているような気がします。

実態としては、とても広義で曖昧な言葉になっています。

なので、クリエイターエコノミーというキーワードも曖昧になってしまうのも当然です。

その曖昧さから、クリエイターエコノミー=個人経済圏と扱われることもあり、そうすると、

「メルカリとかBaseとかクラウドワークスとかもクリエイターエコノミーなの?」

みたいな疑問が浮かびます。

そのように共通言語が曖昧な状態では、クリエイターエコノミーを考える際、理想も打ち手も語れないんじゃないか、健全な切磋琢磨ができないのではないか。

そんなことを考えて、クリエイターエコノミーの当事者として、クリエイターエコノミーをあえて個人経済圏よりに少し広義に解釈し、再整理してみようと思い立ちました。

再整理する軸は、当事者となる人の分類、すなわちトライブです。

いろんな人に何かを提供するのがクリエイターエコノミーではなく、人を分類して、それぞれ毎に適切な提供すべきサービスがあるはず、それをしっかり切り分けましょうという発想です。

クリエイターエコノミーの因数分解

結論から言うと、クリエイターエコノミーは以下のトライブで構成されていると考えています。

の5種類です。

全員生活者であり、側面的に、クリエイターとして分岐されます。

また、それぞれ重なりあっています。

生活者

生活者とは、全員のこと指します。

活きるために生産し、消費する人たちです。

生活者もクリエイターエコノミーの主人公です。

サラリーマンとして定年まで働くわけはなく、個人としてどう生きるか、自分の人生を意識的にクリエイトする時代になったからです。

このトライブに対してサービスを提供しているのが、メルカリクラウドワークスだと考えています。

純クリエイター

広告業界のクリエイターや、漫画家、伝統工芸品の職人、ゲームデザイナーやエンジニア、アーティストなど、いわゆる一般的なクリエイターです。

このトライブは手に職を有しているため、独立しやすい人たちです。

ですが、モノづくりに集中するために、会社に属するメリットも大きいため、会社勤めも多いでしょう。

今後、会社が提供してきた価値がモジュール的にサービス化されることで、より独立が加速するでしょう。

この領域の代表的なサービスは、BaseやStoresなどのEC系、バックオフィス業務の効率化・クラウド化、マーケティング活動の効率化や安価なアウトソースなど、まさに会社にいたとしたらある機能です。

ティーチャー

情報を人に教えたり、特定のジャンルのアドバイスをしたり、勇気づけたりする先生です。

いわゆる先生から、パーソナルトレーナー、ファッションアドバイザー、カラーコーディネーターなどで、基本的には、セミナーや教室で多数に対して教えます。

最近では、ライブ配信やZOOM、オンラインサロン等を活用して、物理的な制約を超えて生徒を増やすこともできるようになりました。

また、他のトライブよりも一対一でのビジネスもしやすいのも特徴です。

特に、物質的な充足の先の高品質なコト消費欲求の高まりやコロナなどのリスク意識から、パーソナル需要が高まっています。

この領域の代表的なサービスは、オンラインサロンやスペースマーケットのような不動産の分割賃借、Mosh(BaseのようなECシステムに仕組みは似ているものの、物品販売ではなくサービス提供に特化したサービス)などがあげられます。

インフルエンサー

SNSやマスメディアで知名度が有り、一定の信頼によって多くの人に影響を与えられる人たちです。

その影響力から、広告案件でマネタイズしたり、商品を開発して販売することで成型を立てることができます。

SNSや発信サービスによって、独立しやすくなりました。

その意味で、上述のトライブと、この領域に対するサービスは一致します。

ですが、この領域ならではのサービスとして、Toridori Baseのようなインフルエンサーと広告主を繋ぐマッチングプラットフォームや、iCON Suiteのようなマーケター向けのインフルエンサーデータベースがあります。

パフォーマー

大道芸人やマジシャン、漫才師など、多数に向けてパフォーマンスをして投げ銭やイベントへのキャスティングや、公演のチケット代でマネタイズします。

ティーチャーと異なるのは、お客さんの目的が勉強なのか純粋な楽しみなのかという点と、1対1でビジネスにするのが難しい点です。

単価を非常に高めているホストやキャバクラは例外的に一対一で成立しているパフォーマーです。

この領域の代表的なサービスは、17Liveなどのライブ配信サービスやTikTokYoutubeFaniconのようなファンクラブサービスがあげられるでしょう。

コロナを契機に、ライブ配信アプリやTikTokを始めたパフォーマーが非常に増えました。

補足

以上で整理してみました。

それぞれのトライブは重なり合っています。

例えば、アーティストはライブで魅せるパフォーマーでもあり、音楽を創る純クリエイターでもあり、人生の指針や美学を伝えるティーチャーでもあります。

ただし、トライブを跨げば跨ぐほど、活動難易度は上がり、アイデンティティを保つことが難しくなるでしょう。

インフルエンサーパフォーマーの間で苛まれる方も多く見ます。

パフォーマーとしてフォロワーが増えたものの、コロナでイベントやファン接点が少なく、D2Cを始めてみたが、なかなか売れない。

インフルエンサーパフォーマーの本質が違うが故に起きる葛藤です。

クリエイターエコノミー事業者として意識的になりたいこと

このように整理をすると、"クリエイター"といえども、様々な職業が無差別的に同居していることがわかりました。

因数分解すれば、それぞれごとに提供すべき価値やサービスが異なることも再認識できます。

事業者は、どのクリエイターがターゲットなのかをしっかり意識しなければならないと感じています。

何を隠そう僕自身も、とあるクリエイターに勧めて、P2Cブランドをやってみたけど、想定していたよりも売れず、心から反省したことがあります・・・。

これは、キングコング西野さんが言う、認知と人気の違いによるものでしょうか。

僕は違うと考えています。

真実は、パフォーマーとして人気があっても、インフルエンサーのように人に影響を与えられるわけではないということです。

西野さんが芸人というパフォーマーからスタートしたのに、インフルエンサーになれたのは、自身に複数トライブの側面を介在させる力があったからだと思います。

全員が全員そんなスーパークリエイターではありません。

クリエイターは(事業者は)、自身の(クリエイターの)本質的なトライブを見極め、活動手段を見極わめていくことが重要です。

その上で始めて、使われるサービスが生み出せるのだと思います。

クリエイターエコノミーというワードに踊らされず、本質的な価値あるサービスを創り、面白いマーケットにしていきましょう。

 

以上、インフルエンサークリエイターという言葉でひとくくりにしてしまう時代へのアンチテーゼ的な自戒です。

 

【リンク付き】世界で最も稼ぐTikTokクリエイターとYoutuberまとめ

みなさんご存知でしょうか?クリエイターエコノミーの方は、フォローして時々見てみては?

2021年版、世界で最も稼いでるTikTokクリエイタートップ5

1位 チャーリー・ダミリオ/1750万ドル、約1億3300万人
2位 ディクシー・ダミリオ/1000万ドル、約5700万人
3位 アディソン・レイ/850万ドル、約8600万人
4位 ベラ・ポーチ/500万ドル、約8700万人
5位 ジョシュ・リチャーズ/500万ドル、約2600万人

 

世界で最も稼いでるYoutuberトップ5

1位 ミスタービースト(ジミー・ドナルドソン)/5400万ドル
2位 ジェイク・ポール/4500万ドル
3位 マークプライヤー/3800万ドル
4位 レットとリンク/3000万ドル
5位 アンスピーカブル/2850万ドル

 

↓ 参考

forbesjapan.com

forbesjapan.com

現場を知らない、決断できない、責任を取らないリーダーになっちゃだめ

日本型リーダーはなぜ失敗するのか

昨年僕は、知覧特攻平和会館や、大和ミュージアムなど、戦争に関する施設に行き、戦争に関する書籍を読み漁った。

今年も続けている中で、戦略やリーダーシップについて書かれた『日本型リーダーはなぜ失敗するのか半藤一利著が面白かった。

その中のエピソードで東郷平八郎のエピソードを紹介したい。

東郷平八郎は、日露戦争勝利の立役者で戦争の神様のように奉られている。
その理由は一般的に、どこに来るかわからない敵艦隊が来る場所を「対馬でごわす」と神通力で的中させ、見事勝利に導いたからだと言われている。

しかし、『極秘明治三十七八年海戦記』という本によると、実はそうではなかったようだ。
この本は三冊しか発行されず、極秘の本で戦後40年経ち資料館に奉納されるが、それまでは宮中に置かれており、日本海海戦を描いた『坂の上の雲』の著者司馬遼太郎さんですら知らなかったもの。

実態は神通力などではなく、とある二人の軍人により意見され、東郷さんが悩んだ末に決めたとのことだった。
(当時の日本は東郷を神様のように扱うことで、軍事国家としての美学を国民に植え付けたかった。)

日本海海戦の経緯

・日本軍はロシアの最強艦隊であるバルチック艦隊の動きを注視していた

バルチック艦隊はまず日本を抜け、ウラジオストクで整備をして、再び日本に戻り日本海軍と相まみえるつもりだと情報を得た

バルチック艦隊が日本を抜ける方法は、対馬海峡津軽海峡宗谷海峡の3つ。

・日本艦隊はバルチック艦隊が、ウラジオストクに入る前に戦いをしかけて撃破したい。

・そのため、どこの海峡を通るか予測する必要があった。

・事前情報から、5月14日にバルチック艦隊ベトナムを出たのは分かっていた。

・仮に10ノットで航行すると、対馬海峡に21日から23日には到着するはず。

・それを踏まえ日本軍は、東シナ海一面に警戒網を張っていた。

・しかし、23日になっても来ない。

・司令部は焦り、東郷含む参謀は、バルチック艦隊津軽海峡に向かったと考え、25日になったら一斉に「北海道へ向かえ」と司令を出した。(25日より以前の事前開封が禁じられた命令書を各軍艦に手配した)

・しかし、25日の軍議会議で藤井と島村という軍人がそれに異を唱えた。

・藤井「10ノットのスピードが出る艦隊ではあるが、そこまでのスピードで出すことは考えにくい。せいぜい7ノットで来るはずだ。また、途中で日本軍を混乱するために遅らせる可能性もある。加えて、燃料や食料を踏まえると、27日前後に対馬にくる。」

・遅れて入ってきた島村「かのバルチック艦隊が、たかが日本軍を恐れて迂回するとは考えにくく、最短距離の対馬に来るはずだ」

・大人数の中で唯一藤井と島村だけが反対意見を出したが、東郷平八郎が二人を個別に部屋に呼び、議論し、二人の意見を取り入れ、命令書の開封を24時間遅らせた。

・結果、26日にバルチック艦隊対馬海峡に到着。日本軍が見事撃破する。

このエピソードから僕が学んだこと

  1. 戦争・戦いにおいては、ファクトの情報(敵の動き)を掴みきることは難しく、予想も大いに必要になる
  2. 正しい予想・判断には正確な現場感が必要
  3. 多数決で正しいことが決まるわけではない

ということ。

多数決を取っていたら、今日本はロシアの敗戦国になり、僕たちはロシア人を名乗っていたのかもしれない。

更に、この話には続きがある。

海の東郷に対して、陸の神様である大山巌のエピソードだ。

それは、戦争も苛烈な時に大山が参謀に対して

「何やら騒がしいですが、なにか問題ですか?」と言ったというエピソードである。

つまり、大山については「動かざること山のごとし」で部下に任せるリーダー像が国民に伝えられた。

しかし実態は、細かく現場状況を把握し、細かく決断・指示したマイクロマネジメントだったそうだ。

それが、伝えるための簡略化・軍人の神格化のために、捻じ曲げられた。

それにより、聞こえよく言えば「任せる」リーダーシップ、悪く言えば「現場を知らない・決断しない・責任を取らない」リーダーシップを日本にもたらしてしまったというのだ。

言い換えれば、お神輿に担がれているだけのリーダーでいいという日本式リーダーシップ論の誕生。

これを踏まえて、TORIHADAにおいても、「現場を知らない、決断できない、責任を取らないリーダーになっちゃだめ」と言いたい。

この本を読んで過ごしていると、日々の会議の

「私はこう思ったけど、私以外みんながこう言ったんです」

「僕は入ったばかりで知らないから黙ってました」

みたいな発言や態度が非常に気になった。

僕自身も無責任な発言をしてしまったこともあった。

リーダーたる者、誰よりも現場を知りマーケットや敵の心情や足取りまで細かく予想できねばならない。

リーダーたる者、全員に反対されても正しいと思う道へ導かねばならない。決断しなければならない。

リーダーたる者、自分の判断によって敗戦し、仲間を死なせることを覚悟し、責任を負わなければならない。他責にしてはならない。

先祖達のシビアな戦いを鑑みると、なんともみっともないリーダーになってないだろうか。

是非自問自答したいところ。

これからのクリエイターエコノミー

今回は、クリエイターエコノミーのマーケットで丸四年間ビジネスをしてきた経験を基に、クリエイターエコノミーの変化と未来予測、今後重要になるであろう手法や考え方についてまとめました。

TORIHADAグループの皆さんに是非読んで頂きたい内容になっています。

ソーシャルネットワーク2.0

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まずクリエイターエコノミーが前進した大きなきっかけについてです。

2017年にリリースされたTikTokは、革命的なアルゴリズムを浸透させました。

"おすすめ"フィードです。

AIによって、視聴者毎に完全にパーソナライズされたフィードが世界を一歩前進させました。

僕はTORIHADAを創業する前、サイバーエージェントでアドテクノロジーを学びましたが、その時良く話されていたことが、「スマフォのホームはAIによって日々パーソナライズされたレコメンドになる」ということでした。

つまり、AIは私達の選ぶという工程を極めて減らしていくはずで、TikTokはそれを動画プラットフォームとして実現しました。

これは、ソーシャルネットワーク2.0と言ってもいい変化だと考えています。

フォロワーがいなくても、バズが産めるようになったのです。

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↑ 僕自身、3000フォロワーくらいだった時のこの動画はまたたく間に100万再生を超え、今では460万再生までされています。

Instagramまでも、デフォルトのフィードはおすすめフィードになっていくと僕は予想していますし、実際にテストされているようです。

jp.techcrunch.com

ペリー来航

ソーシャルネットワーク2.0とも言える変化によって、様々なことが変わってきました。

中でも大きな変化は、ひろゆきさんが始めて話題となった"切り抜き"です。

今、ものすごいスピードで切り抜きコンテンツが増えています。

ライブ配信Youtubeのコンテンツを、ファンが好きに切り抜き、TikTokYoutubeで拡散させるという文化です。

この"切り抜き担当"はまずはファン精神で始めたのだと僕は考えていますが、今では収益を還元するYoutuberも現れ、最早職業として成立しています。

良いコンテンツを不正に転載して悪意的にトラフィックを稼いでいた時代から、合法的に善意で行うことができるようになりました。

また、AbemaTVなどの企業が運営するPGC(プロフェッショナルジェネレイテッドコンテンツ)もTikTokで切り抜きを行っています。

AbemaTVにユーザーを流すために始めたと考えられますが、従来のテレビもすべき行動だと僕は思います。

そうなると、動画プラットフォームには、非常にハイクオリティなコンテンツが黒船のように増殖することになるでしょう。

では、カジュアルな動画は伸びなくなり、インフルエンサーはファンが獲得できなくなるのでしょうか?

いえ、そうではありません。

今後の勝てるコンテンツ

今後の勝てるコンテンツは結論として、

  1. プロが作る圧倒的なクオリティの動画
  2. ストーリーが強いカジュアルな動画

の二極性が非常に強くなっていくでしょう。

テレビ局はテレビという媒体を超え、面白いハイクオリティなコンテンツを作る商社として、オムニチャネルに展開していくようになります。

最早テレビ局ではなく"情報商事"のように名前を変える日も来るんではないでしょうか。

そんな世界の中では、インフルエンサーはチームを抱えてテレビと同じようにコンテンツのクオリティで勝負するか、自分のストーリーで勝負するかという戦いになります。

そのストーリーはテレビコンテンツ同様マルチメディアで発信されていきます。

メディアの垣根が薄れることで、インフルエンサー達は、最早Instagramerのようにメディアの名前を冠する存在ではなくなり、"クリエイター"として認知されていくようになるのです。

ストーリーで戦うということ

ストーリーで戦う戦略はクリエイターの人生をドキュメンタリーとして魅せる感覚になります。

taiverdesさんとVictoria Parisさんは非常に参考になるクリエイターです。

二人とも、自分の生活の一部を細かく切り取っています。

taiverdesさんはアーティストとしてチャレンジする様子から、実際に成功して仕事の上司に退職意向を告げる様子まで発信されています。

また、定期的にサマリー動画を配信することで、新たにファンになった人でもストーリーにキャッチアップできるように工夫しています。

Victoria Parisさんは、洋服を選ぶ様子からお出かけまで、非常にカジュアルかつ高頻度に投稿しています。

プライバシーはどこへ行った?という感じですが、このトレンドはソーシャルネットワークの歴史を見ても納得できます。

ソーシャルネットワークの歴史は、虚構またはニックネームから始まり、実名、写真、動画といったように、パーソナルな部分を公開していく過程が見て取れます。

こうなってきた理由として、人間は本来的に承認欲求が非常に重要だからだと僕は考えています。

今は、ストーリーを公開する時代です。

そして、クリエイターエコノミーにおいてストーリーで戦うということは、共感が得られるキャラクターや努力の工程を設計し、それを細かく実行して(見せて)いくことです。

また、ファンがそれらを追体験できる配慮も大事です。

ファンとのインタラクティブな人生を歩む覚悟と言ってもいいかもしれません。

ファンのニーズに答え、ファンに背中を押されながら、ときには批判も受けながら、人生の選択をしていくことになるからです。

自分の人生の境界線が曖昧になるため、リスクや怖いという感情を僕個人としては持ってしまいますが、今後人気になるソーシャルスター達は、それが当然になると予想します。

また、これは従来のタレントもそうではありつつ、テレビ以上に視聴者との双方向性が強いソーシャルネットワークならではの加速度的な変化だと考えています。

だからこそ、アンチコメントは当然今まで以上に社会問題となっていくため、厳しい罰の対象になっていくトレンドなのは合理的だと感じています。

SNS上のひぼう中傷対策強化 侮辱罪に懲役刑の導入 諮問へ 法相 | IT・ネット | NHKニュース

コメントをしっかり削除したり、ブロックしたり、コメントのキュレーションもブランディングにも重要ですが、メンタルケアにも当然大事になってきます。

ちなみに、17Liveなどのライブ配信プラットフォームでは、ファンが新たに来た視聴者に向けて、クリエイターの紹介をしたりしています。

えーすけさんはじめまして、○○ちゃんは、23歳のママで夢に向けて頑張っています。是非応援してくださいね!」

みたいな感じです。

また、TikTokYoutubeでは、コメントにイイネやスレッドとしてコメントができるようになっており、エンゲージメントの高いコメントが上位に上がるようになっています。

17liveの例や切り抜きのように、エヴァンジェリスト的なファンを作り、コメントのキュレーションやストーリーのキャッチアップ、マルチメディア化に巻き込んでいくリーダーシップがクリエイターやMCNには求められるようになるでしょう。

クリエイターエコノミーにおけるLTVという視点

今は人類史上類を見ない情報爆発社会です。

そして、流行り廃りがとてつもなく早くなりました。

ネットフリックスは"一気観"という文化を加速させました。

それにより、IPの持ちが弱くなったのです。

そのため、クリエイターと伴走する存在のMCNはクリエイターのLTV(ライフタイムバリュー:稼げる総量)を如何にあげるかに向き合う必要が高まりました。

中でもインビジブルユニバースという会社は非常に面白いので紹介します。

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彼らは、インターネット時代のPIXERであると自称しており、様々なデジタルメディアでクリエイター(ソーシャルスター)と一緒にIPを育てています。

例えば、ぬいぐるみをクリエイターのアカウントに度々登場させ、いい乾き(「今日はあのぬいぐるみ一緒じゃないの?」と言ったコメントなど)が得られたタイミングで一般販売したり、アニメーションを作ったり、徐々に投資を増やしています。

彼らはクリエイターのセカンドキャリアを明らかに意識しており、自分が動画を取り続けなくても・プライバシーリスクを抱え続けなくても、IPによって稼げるように導いています。

インビジブルユニバース社のように、LTVの最大化という考え方を如何にMCNが持てるかは重要なポイントになってくるはずです。

まとめ

TORIHADA・そして子会社のPPP STUDIOでは、

  • クリエイターのストーリー設計・コンサルティング
  • アンチコメント等へのケア
  • マルチメディアへの対応・サポート
  • 新しいテクノロジーやトレンド・メディアへの柔軟な適応

等を通じてクリエイターのLTVを最大化していきたいと思います。

それにより、鳥肌が立つ感動で世の中を良くできると信じて。

今回も最後までお読み頂きありがとうございました!

平和な日本に産まれたということ

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きっかけ

最近『強運の法則』という本を読み、「第10章 【第八法則】理想の死」に突如出てきた特攻隊員の遺書の話に衝撃を受けた。

その本によると、

いよいよ死を前にし、もう後は生きなくてもよいと思うことで、
(中略)
「人との繋がり」を求め、理屈でも建前でもなく、本気で他人に喜びを与えたいと欲するようになる

とのことで、その例として(「死ぬことを勧めているのでも戦争賛美でもない」と前置きしつつ)、特攻隊の遺書が他者への感謝や心配に溢れていることを引き合いに出された。

例えば紹介された遺書は、

母上様、お達者でお暮らしのことと存じ上げます。
28年間の人生は、夢のようでした。
そして、28年間の母上様のご苦心、ご辛抱を肝に銘じております。
されば、今日この日も勇んでいきます。
そして、綾子のことは、母上様、くれぐれもよろしくお願いします

※綾子さんは恐らく奥様のこと

など3つの遺書が紹介されている。

調べてみると、知覧特攻平和会館に、一日では読みきれない程の沢山の遺書が展示されているらしい。

思い立ったが吉日、次の週末9月5日、早速知覧に行ってみることにした。

涙無くしては見られない悲しい事実があった

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知覧特攻平和会館|観光スポット|鹿児島県観光サイト/かごしまの旅

いざ知覧特攻平和会館に言ってみると、嗚咽を抑えられない程に涙が止まらなかった

涙で目がぼやけて、手紙を読めない時もあった。

衝撃的でハッとさせられるものについては、写真を撮るつもりだったが、中は撮影禁止で、遺書や手紙を写真におさめることはできなかった。

ただ、「これはしっかり反芻しなければならない」と痛感した。

そのため、可能な限りメモを取り、会館で販売されていた『ホタル帰る』を購入した。

帰り道のバスと飛行機でその本を読みながら帰った。

そこでも悲痛なエピソードと、数多くの特攻隊員の第二の母となったトメさんの美しい心と行動に泣いた。

人生で経験したこと無いくらい、人前なのに読書によって泣かされた。

このブログでは、僕が知覧特攻平和会館と本(その後も二冊『只一筋に征く』『いつまでも、いつまでもお元気で』を購入して読んだ)で学んだことを元に、いくつかデータや遺書、エピソードを紹介し、最後に大変僭越ながら、平和に生きる上で大切な考えについても最後に整理した。

戦争に関心の薄かった僕のような人が、戦争の歴史を調べたり平和について考えるきっかけになれば良いな、という思いから書く。

なるべく事実の通り書いたつもりですが、事実と異なる点がもしあればご指摘下さい。

施設の構造

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知覧特攻平和会館 | 平面図

以下補足 ※9月5日時点の体験談です

  • 壁一面に特攻隊員の写真と遺書等が展示されている遺品室内は撮影NG
  • 視聴覚室で講義やVTR放映
  • Eにはなでしこ隊(特攻隊員のお世話をした女学生)のインタビュー
  • ④では後述する鳥浜トメさんのVTRを含む、残された方々の思い出が放映される
  • コロナ期間中はガイドレシーバー貸し出しNG
  • 講話室もしまっていた

特攻隊に関するデータ

  • 参加人数:1,036名(うち439名が知覧の基地から飛び立った)
  • 年齢:17歳〜32歳
  • 平均年齢:21.6歳
  • 少年飛行兵になるための倍率:40倍から50倍
  • 時期:終戦時の1945年は今から76年前

特攻作戦に至る経緯

  1. 1941年12月8日、日本軍が真珠湾を攻撃
  2. シンガポール・オーストラリア・フィリピン出撃、破竹の勢いで領土を拡大
  3. 1942年6月5日、ミッドウェー海戦で連合軍に敗走。連合軍の逆襲が加速する。
    この頃、日本本土への空襲が激化する(1942年4月18日~1945年8月18日)
  4. 1944年10月20日マニラにて、「神風特別攻撃隊」が編成され、大きな戦果をあげることになり、その戦果が特攻隊を定石化していく
    自発的な「個人特攻」はそれまでも行われていたが、ここからは組織的な「全軍特攻」へとシフトしていった
  5. 1945年3月26日、連合軍が沖縄県慶良間諸島に上陸
  6. 同日、最後の手段として天一号作戦が発令される。史上前例の無い大規模な体当たり特攻作戦が行われることとなった。
    ※日本への輸出制限や多数の犠牲者によって通常攻撃で米軍に打撃を与えることは既に不可能となっていた

遺書紹介

育ての母へ

相花信夫少尉は5月4日、18歳にて戦死された。

彼は4歳で実母を亡くしており、6歳から継母に育てられる。

8歳上の兄はすぐに馴染んだが、相花少尉はなかなかすぐには親しめなかった。

出撃前、継母に向かっての手紙

母を慕ひて

母上お元気ですか。長い間本当に有難うございました。我六歳の時より育て下さりし母。継母とは言へ此の種の女にある如き不祥事は一度たりとてなく、慈しみ育て下さりし母。有難い母。尊い母。

俺は幸福だった。遂に最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺は。幾度か思い立って呼ばんとしたが、なんと意志薄弱な俺だっただろう。母上お許しください。さぞ寂しかったでしょう。今こそ大声で呼ばせて頂きます。お母さん、お母さん、お母さんと。

いつまでも、いつまでもお元気で』より

婚約者へ「あなたの幸せを希ふ(ねがう)以外に何物もない」

「神聖な防止や剣にはなりたくないが、替われるものならあの白いマフラーのように、いつも離れられない存在になりたい」という婚約者の一途な思いに答え、白い飛行マフラーの下に、婚約者から贈られたマフラーを巻いて、にっこり笑って出撃した。

当時23歳の穴澤 利夫さんから、婚約者への手紙。

二人で力を合わせて努めて来たが,終に実を結ばずに終った。

(中略)

あなたの御両親様、兄様、姉様、妹様、弟様、みんないい人でした。至らぬ自分にかけて下さった御親切,全く月並のお礼の言葉では済みきれぬけれど「ありがたふ御座いました」と,最後の純一なる心底から言って置きます。

今は徒に過去に於ける長い交際のあとをたどり度くない。問題は今後にあるのだから。常に正しい判断をあなたの頭脳は与へて進ませて呉れることと信ずる。然し,それとは別個に婚約をしてあった男性として、散って行く男子として、女性であるあなたに少し言って征き度い。

「あなたの幸せを希ふ(ねがう)以外に何物もない。
 徒に過去の小義に拘る勿れ。あなたは過去に生きるのではない
 勇気を持って,過去を忘れ,将来に新活面を見出すこと」
 あなたは,今後の一時一時の現実の中に生きるのだ。穴澤は現実の世界には,もう存在しない」

(中略)

今更何を言ふか,と自分でも考へるが,ちょっぴり慾を言って見たい。

(中略)

「智恵子 会ひ度い、話し度い、無性に。 
 今後は明るく朗らかに。自分も負けずに、朗らかに笑って征く。」

利夫

智恵子様

知覧特攻平和会館 | デジタルアーカイブ詳細 より

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千鶴子ちゃんへ

安原正文大尉が妹のように可愛がっていた千鶴子ちゃんへ送った手紙を知覧特攻平和会館で閲覧。

たくさん貰ったお手紙はみな、ポケットに入れて持っていきます。

御守袋(御人形の寝ている)も忘れず連れて行きます。

コリントももう出来なくなりましたが、これからは兄ちゃんは御星様の仲間に入って千鶴ちゃんが立派になるのを見守っています。

泣いたりなどしないで朗らかに笑って兄ちゃんが手柄を立てるのを祈って下さい。

御父さんや御母さんの言い付けを守って立派な人になって下さい。

さよなら

三月二五日

正文

千鶴子ちゃんへ

会場では、もう一通の手紙と人形が添えられていた

御人形よ 風鈴よ 鶴よ  はるばる遠くの島まで来て呉れて、毎日みんなを慰めて呉れたね、ありがとう 御礼を云ひます。

誰も居なくなったら 花蓮港のお母さんの処へ帰って 何時迄でも可愛がって貰ひなさい さよなら

まるで贈られた人形が千鶴子ちゃんのように思えてきて、実際には連れて行けず、お母さんの処に送り返したことを推測される並びだった。

エピソード紹介

「おまえたちだけを死なせはしない。」教官と家族の決意

藤井一中尉は、戦争が始まった頃、少年飛行兵の教官に就任した。

自身も厳しく律していた彼は、かつての教え子たちの戦死を聞くにつれ、「おまえたちだけを死なせるわけにはいかん」が口癖になり、自ら特攻兵を志願した。

だが、藤井中尉は年齢的にも若くなく、妻と二人の子供がいた。

このように年長で、面倒を見なければいけない家族が多い将校の場合は、特攻には採用されない原則で、当然のことながら。藤井中尉の志願は却下される。

しかし、「教え子が死んでいくのに自分だけがおめおめと生きているわけにはいかない」という彼の信念は変わらなかった。

妻は最初は反対していたが、次第に夫の固い覚悟に押し切られるかたちになった。

それ以降も志願と却下が繰り返され、ついに血書をして願書を提出した。

夫の決意の固さを知った妻は、後顧の憂いを絶つために、近くを流れる荒川に、二人の子を道連れにし投身自殺した。

「自分たちが生きていると心残りとなるでしょうから、お先に行って待っています。」という遺書が残されていた。

藤井中尉の志願はついに受理され、5月28日に戦死。

只一筋に征く』より

「おれだけが家族に会うわけにはいかない」

日頃から公私をはっきりと区別していた伊舎堂用久大尉は、妹が手作りのご馳走を持って時折面会に訪れても会おうとはしなかった。

飛行団長の柳本大佐の勧めにも
「部下は他府県の出身者がほとんどで、帰ろうと思っても帰る所もない。いくら肉親でも、部下の手前、忍びがたい」と、最後まで面会を断り通したという。

こうして家族との接触をかたくなに慎んできた伊舎堂大尉だったが、出撃の日が近づいた三月には、日頃お世話になった島の先輩や知人を訪ね、身の回り品を形見として贈ったりし、惜別の意を伝えるようになった。

3月26日伊舎堂体隊長率いる誠第十七飛行隊は石垣基地を出撃。

伊舎堂大尉の出撃を知らずにいた両親は、この日、大尉の姉と妹が料理した心づくしの慰問品を持参して基地に赴いたが、役場まで来た所で、「今明け方出撃、特攻戦死」を知らされた。

この報を聞いて愕然とした母親は取り乱すまいと必死にこらえていたが、こらえきれずに泣き崩れ、周りの人の涙を誘ったという。

只一筋に征く』より

以上いくつかのエピソードを紹介してきたが、この人は生きる観音様だ・・・と思わせる方がいらっしゃったので、その方についてはこの後厚く記述する。

富屋食堂の鳥浜トメ

以下本エピソードについては『ホタル帰る』より要約・引用

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鳥濱トメとは | 知覧特攻の母鳥濱トメ顕彰会 より

知覧のオアシス

日々血も滲むような訓練を行う知覧の少年飛行兵にとって、日曜日ごとに許される「面会」と「外出」は貴重な娯楽だった。

しかし、全国から集められた隊員には面会で訪れる家族がいないものも少なくなく、外出がほとんどの隊員に取っては唯一の娯楽だった。

中でも、どういうこともない田舎町の知覧においては、富屋という食堂がオアシスになった。

その食堂を切り盛りしていたのが鳥浜トメであり、その娘とライターの石井さんによって書かれた本が前述した「ホタル帰る」である。

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富屋旅館の物語|鳥濱トメが残した 気づきの宿 富屋旅館【公式サイト】より(富屋食堂は富屋旅館に変わる)

特攻隊員の母

やがて戦況の悪化に伴い、富屋に特攻隊員達が訪れることとになる。

親と離れて暮らす特攻隊員にとって、トメは実の母親のようであり、トメさんも実の子供のように可愛がった。

実際には食堂といえども、お風呂に入ったり、二階でトランプに興じたり、家族に手紙を書いたり(兵舎から送ると憲兵隊によって中が見られてしまうため、書きたいことが書けなかった)、歌を歌ったり酒を飲んだりする憩いのスペースだった。

トメは食事に留まらず、隊員達が欲しがることを全力で尽くすのだった。

特に出撃の前には何でも食べたいものを食べさせてあげたいという気持ちから、当時珍しいおはぎやエビやしいたけなど、配給では手に入らない食材も仕入れることになった。

そのため、お店が大盛況だったにも関わらず、過去食堂を営みながらせっせと集めた着物や家財を売ってしまい、家計は火の車という実情だった。

そうなりながらも、愛を尽くして沢山の特攻隊員の出撃を見守るのだった。

アメリカ兵の母

終戦を告げる玉音放送を聞きながら、「こんな形で終わるなら、あの子たちは一体なんのために死んだんだ」と一層の悲壮感に苛まれた。

そして、当時の警察署長から信じられないことを告げられる。

つい先ごろまで特攻兵たちが出入りし、くつろいで楽しい時を過ごしたように、米兵が来たら、富屋に自由に出入りさせて、楽しい時を過ごさせてやってくれというのだ。

息子のように可愛がり、散っていった特攻兵達が「おばちゃん」と言う声が毎日聞こえ、彼らの無念を思って泣く日々に、「どうしてそんな掌がえしができるのか」、とトメさんは即座に断った。

娯楽施設がなければ荒くれ者達である米兵はそこらじゅうで発散し、女を襲ったりピストルを打ったりするかもしれないから、と署長に無理やり引き下げられても、トメは固辞するのだった。

しかし、町をあげて歓迎会を行うことになり、富屋が料理とビールを手配することになってしまう、そこからずるずると米兵の相手をせざる得ない生活が始まっていく。

そして結果的にはなんと、英語も分からないにも関わらず、米兵からも「マーマ」と呼ばれる程慕われてしまうのだった。

周囲の人々からは当然「よくもあんなに掌を返せるな。」と非難轟々。

実の娘にも泣かんばかりに追い出してくれと直談判される。

その時、娘に以下のように言ったそうだ。トメの性格がよくわかる。

「母さんだってアメリカ兵から慕われるようになるっとは思っていなかったよ。なりたくもなかったよ。でもね、礼子、あの人たちを見たかい。みんなポケットに両親や兄弟やら恋人やらの写真を入れているだろう。みんな自分の家族を離れて、地球の裏側の見たこともない土地に来てしまってねえ。淋しいんだよ。早く帰りたいんだよ。来たくて来たんじゃないからねえ。お国にのために、しかたなく来てるんだよ。そういう気持ちが分かるとねえ、せめてこの家にいるときくらい、やさしくしてやらないとかわいそうだと思えてくるの。

(中略)

日本人は敵だったんだからねえ。あの人たちは敵に囲まれているんだよ。かわいそうじゃないか。

(中略)

母さんだってわるく言われているのは知っているよ。でも母さんはけっしてわるいことをしているわけではないからねえ・・・。しかたがないんだよ、母さんは気の毒な人を見ると、助けてあげたくなってしまうんだよ。」

そして約二ヶ月知覧に滞在した米軍は鹿児島市の本隊に合流することになり、お別れとなった。

しかし、思いがけないことになる。

それは、鹿児島に行ったはずの米兵達が非番になると入れ替わりたちかわり、富屋までやってきたのだ。

トメはアメリカ兵の母にもなっていた。

そして、トメが米兵の相手を始めざる得なかった頃、知覧飛行場に、ひっそりと・簡易的な特攻隊員達のお墓を作り、二人の娘と毎日お墓参りを行い始める。

お花をいけて、実の子どもたちのように可愛がった特攻隊員達に語りかけ、そのままお花を回収する。

何故なら、当時は戦時中の日本の嘘や闇が暴かれ、既に特攻隊を称える人などおらず、特攻隊員のお墓参りをしていると知れれば、軍国主義者」のレッテルをはられて、弾劾されてしまうからである。

ただでさえ「特攻隊で儲けた富屋」と言われているのだ。

それでも、お国のために尊い命を犠牲にしてきた、誰からも弔われることのない息子達のために、日々秘密裏にお墓参りをするのだった。

逆風の遠のく日を信じて、辛抱した。

人類の母

"戦後"が音を立てて"民主主義"へと向かっていった。

そんな激動の時代の中、トメは大慈大悲ぶりを発揮し、多くの人を救った。

トメの孫いわく、

「物心ついたときには、あまりにも大勢の人が富屋で暮らしていたので、度の人がほんとうに自分の家族なのかよくわからなかった」

ということだった。

  • 内村旅館に"お勤め"に出ていた(米兵の夜の相手をするために警察が手配していた)女性のうちの一人の女性とその女性と米兵の間にできた子供(米兵の子供を産んだ女として女性は世間の袋叩きにあっていたし、当時珍しいハーフの子供も当然いじめられることになった)
    ※この母親は親子で面倒になる心苦しさに耐えかね、福岡に働きに出る。そこで結婚し一女をもうける。しかしまもなく離婚し、また娘と戻ってくることになる。
  • 故郷の違う夫に捨てられ、親に勘当された母と子
  • 終戦後亡くなった床屋の息子二人とその母
  • トメの娘の結婚式の結婚祝いを盗んだ窃盗犯

というように、トメはいろんな方を家族として家に置いてしまった。

かわいそうな境遇の人を見ると無条件で救いの手を差し伸べた。

また、まだ富屋に(特攻兵ではなく)少年飛行兵が来ていた頃、トメは留置場弁当を引き受けている。

安い値段で引き受けたにも関わらず、自分の子供の弁当のように心のこもったものを作り、二段重ねの塗りの器に入れて実の子供たちに届けさせたのだった。

そして、それを終生続けた。

トメによれば、生まれつきの悪人というのはいないのである

悪いことをしたというのは、困ったことがあってそうせざる得ないような状況に追いこまれてしまったからであって、そんな事情さえなければ、誰でも悪いことなんかしたくないんだからね、と子供たちは言い聞かされて育った。

観音像建立

1950年、神武景気が始まった頃、特攻隊への逆風が静まってきた。

トメは棒を立てただけの簡易的なお墓参りを続けながら、町長に慰霊塔がわりの観音像を建てる提案をするようになった。

この頃にはトメは個人のお金で観音像を建てるのは簡単なことになっていた。

しかし、私的に行うのではなく、お国のために我が身を犠牲にした人たちの魂を慰める行為は公に行われなければならないという責任感を抱いていた。

その後、トメの努力は実り、役場をあげて観音像を建立することになる。

それから協力者があらわれ、特攻平和会館の設立に繋がっていった。

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知覧特攻平和会館 - Wikipedia より

そして、特攻平和会館公開後、89歳でこの世を去った。

敬天愛人

以上、三つの遺書と、二つのエピソード、『ホタル帰る』の要約を紹介した。

他にも数え切れない遺書や手紙、エピソードがあるため、少しでも興味を持った方は知覧に行くか、紹介した本を読むと良いと思う。

話は少しそれるが、僕が鹿児島に向かう途中、鹿児島といえば・・・、という気持ちで西郷隆盛南洲翁遺訓を読んだ。

西郷隆盛敬天愛人(天を敬い、人を愛す)という言葉に強い思いを持っており、

「我を愛する心を以て人を愛する也」

つまり、「誰しも自分を愛するように、人を愛せ」とも言っている。

また、僕が尊敬している経営者の稲盛和夫さん(京セラの創業者)も『生き方』等の著書や稲盛ライブラリー | 京セラ株式会社を通じて、敬天愛人の精神・利他の心が成功の鍵だと言っている。

西郷隆盛も稲盛さんも、敬天愛人の精神で様々な事業や教育を行ってきた。

(例えば稲盛さんは、京セラ創業、KDDIの立ち上げ、JALの再生、盛和塾で沢山の経営者の支援、ノーベル賞と並ぶ国際賞である京都賞の設立など、沢山の素晴らしい功績を残している)

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↑ 稲盛ライブラリーツアーでもらったカード(常に財布にいれてます笑)

僕は、まさにこの精神をトメさんのストーリーにも感じた。

トメさんは実は、自身が死にかけた経験から、自分の命は人のために生かされたのだ、と天命を自覚するようになった。

まさに天を敬い、人を愛した。

平和の日本に産まれたということ

僕にとって今回の知覧一人旅は、人生で初めて、ちゃんと戦争に触れる機会になった。

また、1945年に終戦してから、まだ76年しか経っていないことに驚いた。

祖父母の世代に僕たちが生まれていれば、自分も特攻隊員として散華していたかもしれないと考えると、なんとも言えずに泣きそうになる。

そしてこのブログを公開する9月11日は、世界同時多発テロが起きた日だ。

2001年、ちょうど20年前である。

戦時中に比べれば、平和になったと言って良いと思う。

しかし、アメリカでは20年前には凄惨なテロがあり、世界を見渡せば今だに紛争や戦争が起きている。

また、コロナやインターネットの興隆をきっかけに、日本でもちょっとした論争が日常茶飯事になった。

果たして平和の時代に産まれたと手放しに言っていいのだろうか、と思う程に本当に悲しい現実もある。

身近なことで言えば、

  • 仕事で意見が食い違って喧嘩っぽくなる
  • 友達と価値観が合わず、言い争う
  • お金が返って来ない
  • 嫌なことを裏で言われた
  • ネットでアンチコメントを書かれた

いろんな対人トラブルもある。

でもそんな時こそ、罪を憎んで人を憎まずで生きていきたいと思う。

もっと言えば、敬天愛人の精神で、人を愛したい。

トメさんの言うように、「悪いことをしたというのは、困ったことがあってそうせざる得ないような状況に追いこまれてしまったから」だからだ。

自分と価値観が合わないことや喧嘩をしたとしても、それはそれぞれの仕事上の立場や環境がそうさせただけで、人を嫌いになる理由にはならないのである。

僕は、せっかく戦争の無い日本に産まれたのだから、改めて平和を考え、先人たちが血肉の上に築いた戦争の無い日本を少しでも長く保ちたい。

今はなんの力も無いけど、きっと必要な力を手に入れて、自分の利益のためではなく、世のため人のために捧げることで、世界平和に貢献したい。

それが天命だと考えている。

何をそんな大それたことを、と自分でも思う。

でも、敬天愛人、どんな時でも、天を敬い、人を愛すことはできると信じているし、まずはそこからで良いと自分を許したい。

皆さんの天命はなんですか??

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以上で今回のブログは終わりです。

長々とお読み頂きありがとうございました。

ICC 2020 スタートアップカタパルト発表全内容!

所管

初めてICCに参加してます。

最初に参加したプログラムはスタートアップのピッチコンテストである"スタートアップカタパルト"。

しっかりニーズに応えていて、強いペインを解決する面白いサービスが沢山あった。

「こういうサービスが浸透してくると失業者が増える。そこに着目するサービスを次回に期待したい。」

みたいな審査員コメントがあったのが印象的だった。

 

審査結果

5位:フィルダクト、Legal Technology

3位:スピークバディ、ログラス

1位:Leaner Technologies、Medii

 

プレゼン内容

※殴り書きなので、事実と違うとこがあるかも

Miletos(accentureDeNACyberagentのチーム)

SAPPHIRE

"経理DX"

AIによって経費申請を最適化:承認の自動化

不正利用の検出や承認作業の撤廃でコストカットできる

 

Leaner Technologies

Leaner

"間接費管理SaaS"

調達単価・調達量の最適化で、相見積もりいらない。勘定科目を超えた費目の可視化。

独自の価格データベース✖️見積もりプラットフォームで、アップロードした請求書をもとに、改善余地のある費目を炙り出し、サプライヤーを取り次ぐ。さらに、自動仕分けエンジンで仕分け・解析が可能

10%のコストカットを3万円〜数十万円でできる。

日本中全ての会社の利益率を1%改善する。

 

フィルダクト

DPEARL

"歯並び改善のオーラルスタートアップ"

歯並びはコンプレックスだけでなく、身体疾患にもつながる

マウスピース型矯正:価格(25万円から45万円)、治療期間、独自サポート(LINEを活用したサポート)

歯科医と歯科技工士のペインを解決するD2Cビジネスモデル

Home Dental = 歯並び写真を送るだけで、歯科医からアドバイスがもらえる。

 

homeal

homeal

"幼児食診断と幼児食のスタートアップ"

6歳までに子供の脳が完成する。それを支える幼児食。

冷凍✖️主菜がニーズ

全商品包丁要らず、温めるだけですぐに食べられる。

三分間オンラインの幼児食診断に答えて

おすすめメニューが定期便で送られている。

24万人(全国の幼児の5%)✖️12ヶ月で120億円のマーケット。(生協売上の1%)

 

AGRIST

AGRIST

"AIと収穫ロボットで農業の人手不足を解決する"

収穫の圧倒的な人手不足。葉っぱがあって歩行ロボットが困難。

→ ワイヤーを使った空中移動ロボット。

JAグループとENEOSと提携

導入費150万円、収穫売上の10%を手数料。収穫ロスの分儲かる。

ピーマンきゅうりトマトで3000億円(日本)今ピーマン70%収穫できる。

5年でIPOする。IPO後は全自動化した農業に投資をするシステムを作る。

 

スピークバディ

SpeakBuddy

"シャイで真面目な日本人向けの英語学習"

AIと英会話するアプリ(フリートークとかできてAIがスキルをグラフ化)

月額1950円。三ヶ月で1.2レベルアップ。言語習得理論に基づいている。

平均7.7ヶ月利用されている。継続をささえる三要素。

大規模プロモーション無しで教育売上No.1。認知度がひくいのが課題

ペインの一番大きな国がソリューションを提供できる。

ローカライズが簡単なので、世界を攻められる。

 

トライエッティング

UMWELT

"はやい・やすい・うまいノーコードAIクラウドで業務を自動化するdxツール"

"デジタル労働力インフラで生産性をトップクラスに"

RPA✖️AI。24万回以上AIサービス提供してきた。データを投入するだけで自動で機械学習

知能:見る、分かる、さがす(さがす領域が得意分野)

APIで既存システムと連携できる。システムを知能化する。

現場で使っているエクセルにRPA実装して気付かれないレベル。

人間が気付かないリスクを見つけるなど、貢献度大。

 

ログラス(投資銀行チーム)

Loglass

"企業の経営管理を自動化する"

上場企業の予算決めがめっちゃ大変。一年以上続いちゃう。

①データを入れてもらう②スプレッドシートに自動反映③ワンクリックで更新④タイムマシン機能で各比較もかんたん。⑤会計ソフトと連携。⑥経営者向けダッシュボード

年間コストを大きく削減する。1.5ヶ月でACV3000万円を突破。

平均年額500万円✖️10万社を目指す。

業務インフラとして、資金調達支援なども行う。

 

Engo

Paintnote

"塗料塗装業界初めてのプラットフォーマー"

世の中全てのものに塗料はぬられている。美観と保護。年間流通額2兆円。

実際に事務員として4ヶ月販売店で業務を経験。更に1ヶ月塗装工として経験。

8割の販売業務時間を削減できる業務管理SaaS

 

Legal Technology

LEGAL LIBRARY

"法律専門書にアクセスできるプラットフォーム"

弁護士の多くは常時30〜40案件。リサーチ時間が全体の30%。

法律業界のリサーチツールはいまだに図書館。

自宅で調べ物ができる環境を提供する。

図書館のコピーをマネタイズし、読書データを出版社に提供。

 

クラウドローン

CrowdLoan

"銀行と個人を繋ぐ国内初のレンディングプラットフォーム"

330万円の車を5年で返済した場合

ディーラーローンと銀行ローンの違いで60万円ほど差額が出る。

仲介者が紹介するローンはインセンティブが含まれていて高い。

Web上で借り入れ希望を入力、銀行がその依頼をジャッジして直接提案、個人が選ぶ。

愛媛県伊予銀行独自の商品と東京の個人が取引する事例も。

5%シェアを取引できるだけで1300億円の売り上げ。

教育ローンや、医療費、カメラ、サブカル、ブライダルも低金利のローンが本当は使える。

 

KiZUKAI

KiZUKAI

"サブスク事業者向けLTV改善サービス"

サブスクモデル成功の鍵は継続的なサービス改善と顧客リレーションシップ

利用データ活用がキーポイント。データベースから提供する。

AIを用いてデータから自動でユーザースコアを解析。

フォローアップの必要ユーザーを炙り出して、アラートすることで解約率を下げる。

 

Medii

Medii

"地域医療の専門医偏在問題の解決"

治療のために大阪東京まで行かなければいけない病理が多い。

地方の主治医と専門医を医療現場でオンラインで繋げることで解決する。

クラウドホスピタルとして全ての診療科に対応できる。

既に色んな病院で使われている。医療業界は47兆円。半分が人件費。

医療費は上がるのに、医師数は変わらない。

法律が変わって今初めてできるようになった。保険認定もされるようになった。

 

Handii

Paild

"オンラインで法人カードを何枚でもすぐに発行管理できる"

法人の決済周りは依然として面倒。経理のコストがおおきい。

法人向けウォレットサービスで解決する。(親ウォレットにプリペイドする形)

バーチャルカードやリアルカードをガンガン作れる。各設定も簡単。

経費生産→カード発行。(プロジェクトで発行、個人に発行など利用シーンに対応)

ユーザーは全機能無料。VISA加盟店から決済手数料を一部もらう。

表彰が大嫌いだった僕へ

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今日は2回目のTORIHADA総会、ROMAN SUMMITだった。

 

凄く嬉しいことがあった。

何で嬉しいことをブログにするかというと、今日の嬉しい出来事は、過去の僕にとって忌み嫌う出来事の一つであり、今日のTORIHADAのメンバーの中にも嫌な気持ちになった人がいたんではないかと思ったからだ。

 

僕の経験を話したところで影響が出る人がいるとも思わないけど、少しでも前向きな気持ちを増やせたらいいなと思って書く。

 

今日嬉しかった出来事は"ROMAN SUMMIT"で会社として初めて表彰を実施して、僕がBEST BOSS AWARD(社長賞的なやつ)を僕が受賞し、メンバーがベストプロジェクト賞やベストプレーヤー賞を受賞したこと。

(とはいえ、前提今期以降の期待として表彰して頂いた形。なので今後事業を伸ばせるように頑張らないと・・・。汗)

 

そして何を隠そう、僕はサイバーエージェント時代、この表彰セットの総会が心の中では大嫌いだった。

成果が出したくてしょうがないし、頑張ってたと思ったけど、一向に壇上に上がれる気配が無かったからもどかしいし納得行かないし、どうすればいいのかも検討つかなかった。

 

そんな時、当時の上司に良く言われたのは、「成功意欲より、成長意欲を持て」ということ

当時は意味が分からなかった。

 

今は少し分かる。

評価されたい、受賞したい、受注したい、売上を上げたいと思っても、やはり努力しないとなかなか難しいということだ。

 

逆に、成長すべき自分が分かれば本を読んだりいろんな人にアドバイスを乞い、成長できて、結果成果が出るということ。

 

つまり、自己分析をして、強みを伸ばした先に評価や売上はあるんじゃないかということ。

 

一見当たり前だけど、当時の僕は本も読まず勉強もせず、アクションばっかりしてしまっていた。

成長してない人の10のアクションは成長度の高い人の1のアクションに負けてしまう。

行動が全てと言われるけど、そういう人の行動にはインプットやネットワーキングも含んでおり、思考停止でアポ電をしていても意味がないということだ。

 

焦らず自己分析をして、自己研鑽を続ければ当時の僕でもサイバーエージェントで評価を受けられたんじゃないかとたまに思う。

 

起業して、会社の名刺が使えなくなり、自分のバリューで勝負しなければならなくなってから、そんな当たり前のことに気付いた。

 

たらればを言っても意味が無い。

今日少しでも悔しさを感じたり納得がいかなかった人には、騙されたと思って成長努力を見直してみることを提案する。

これは当然偉そうに言える立場じゃ僕自身が無いのはわかっていて、自戒を込めた発言です。

 

逆に言えば、表彰を始めとした成果なんてちょっとした運の組み合わせもあるから、成果を出す事を目標にする事自体おかしいのかもしれない。

 

前提、今回の僕の受賞こそが、優秀なメンバーの成果が重なったり、今期の注力分野をやらせて頂いているミッションセットゆえ、つまりラッキーパンチだった。

 

今では、本当にちょっとした「成長しよう」という気の持ちようが習慣を変え、自分の能力や運命を変えると信じています。

 

本題は以上だけど、もう一つ嬉しいことがあった。

今日卒業したインターンにとても感謝されたことだ。

 

彼が上手くいっていない時、僕が彼を救ったらしく、人生のターニングポイントだと泣きながら話してくれた。

 

僕も嬉しさと寂しさでぼろぼろ泣いてしまった。

 

この経験は本当にマネジメント冥利に尽きると思った。

仕事云々の前に人生でこんなに有り難い時間は無いと感じながら涙を堪えようとして、全然こらえられなかった。

 

それだけじゃなく、この経験は僕に自信をくれた。

 

実は今日事業戦略のプレゼンも上手く話せるかドキドキしてたし、今の組織規模に自分のスペックが追いついているかずっと不安だった。

実際、役員間では、コーチングやカウンセラーを付ける件についてどう思うか相談した。

 

今僕のメンバーは10人いるけど、心の底から僕について来てくれる人なんていないし、尊敬されてないし、上部だけなんじゃないかと思ってしまうこともある。

 

でも、彼がそう言ってくれたことで、ずっと気持ちが楽になった。

 

恩返しでは無いけど、彼には今後どんな壁に当たっても絶対乗り越えられるし、乗り越えられなくても僕がまた助け続けたい。

 

また、そうできるように努力したいと思う。

 

素敵な経験をさせてくれたTORIHADA経営陣と今日辞めていったインターンに心から感謝。

 

いつかもし自信を無くしたらぜひ頼ってね。

そのくらい救われました。

 

一人では弱い人間も助け合えば、認め合えれば、本当に強くなれると思う。

 

最高の経験をありがとうございます。

 

絶対お返しします。

 

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